2014年12月18日木曜日

ちょっと早いクリスマスプレゼント届きました。

相変わらずの靴下編みが続いている中、日本に一時帰国していた友人に頼んでいた靴下編みの本が届きました。

 職場の近くの日本書店で立ち読みして、いろいろな靴下編みの本を見てみましたが、やっぱりこれが一番。名前通り、靴下を徹底的に研究した一冊で、靴下編みの奥の深さを改めておしえられます。

しかし、私にとって毛糸と本は同じ魅力を放つアイテムで、この一冊を手に入れたらさらに編み物の本を手に入れたくなってきました。しばらく手芸関係の本を買っていなかったので...という言い訳を利用して衝動買いです。

こちらは、フランスのアマゾンで購入した英字のニットの本。写真やレイアウトが非常にレトロで私のツボにはまります。



 
しかし、12月にネットでお買い物をしたり、郵便で物を送ると紛失する(つまり盗難)国フランスですが、今回のこの3冊が届いた時も隅がカッターの用なもので開けられた跡がありました。12月に入ったということを忘れていてうかつでした。きっとKindleなどの電子機器関係だったら取られていたでしょう(こんなマニアックな本、盗んで転売しようとしても難しいでしょうねー)。日本では考えられないでしょうが、こちらでは郵便局員がクリスマスプレゼントをくすねる、ということは結構頻繁なのですよ。

誘拐未遂に終わったこの3冊、これからじっくり読んで研究してみたいと思っています。

2014年12月8日月曜日

間違えたらやり直せばいい、ただそれだけ。

靴下、編み続けています。1月末にポワン・イデに出展することになったので真面目に作品作りです。ガンジー模様の靴下はほぼ編み上がったものの上のゴム編みもまだで、ぬるま湯に浸けて地を整えるブロッキングも終わっていないのでクシャクシャの状態。メインの部分だけをひたすら編み続けて最後の行程は一気に行う予定です。

ガンジー模様の靴下が終わったら、ずっと編みたかったアラン模様の靴下です。編み目をねじって編むケーブル模様は手間はかかるものの、長年編み物をしていても大好きな模様です。編み進むごとに立体的な模様が浮き上がってくるのを見るのは本当に楽しい時間です。お菓子作りでオーブンの中で生地が膨れてくるのを見てウキウキする、そんな感じです。


しかし、そんなウキウキした気分も15分後にはあっという間に崩れることに。菱形のダイヤ模様が2つ出来上がったところで何かがおかしい...あ、ケーブルを移動する段を思いっきり間違えています。それもかなり最初の方の段階で(汗)。最初のダイヤの模様が明らかにいびつ。こういう時の選択は二つに一つ、「ほどいてきちんとした作品を作るか、それともそのまま編み続けるか」。

こんな経験を編み物だけでなく何度としてきたことでしょう。
でも、自分の中ではほどいた場合と、このまま編み続けた場合の答えははっきり出ています。ほぼ一日かかって編んだ靴下の上の部分ですが、 勇気を出してほどきました。

これもまた多くの経験の一つ。
さて、大好きなボサノバを聞きながら編み直しです。

2014年12月1日月曜日

心はガンジー島

ガンジー模様の靴下を編み出してから、その模様と歴史にのめり込んでいます。アラン模様同様、ガンジー模様も漁師が海で遭難した際にそのセーターの模様から身元が確認できるようになっています。そういえば、スコットランドのタータンは、チェック模様でどこの家の出身か分かるようになっているそうですね。ガンジー模様の歴史を辿っていったらその歴史を説明している素敵なブログに出会いました。英語ですが、ぞくぞくするような素敵な写真が載っていてどんどんのめり込んでいきます。
A Polar Bear's Tale





ガンジー模様はねじってケーブル模様で凹凸をつけるというアラン模様と比べて、表メリヤスと裏メリヤスを組み合わせた非常にシンプルな技法です。ニット初心者の方にも簡単に編める模様です。編み物ビギナーの方も是非お試しあれ。

2014年11月29日土曜日

レインボーカラーの靴下とガンジー模様の靴下

相変わらず続いている靴下編みです。ドイツの10年保証の毛糸で編んでいた靴下が編み上がりました。編むだけで縞模様が自然に出来上がるのは楽でいいですね。果たしてこちらの靴下、履き続けても10年持ってくれますでしょうか?
そして、こちらの靴下の次はサンプル編みでガンジー模様の靴下です。こちらは、オリジナルデザインです。自分で模様をデザインしてサンプル編みをした結果、悪い出来ではないのですが「あそこをこうすればよかった」とかいう箇所が目について、毎回ながらのデザイン変更となります。こうやって見るとなかなかいい編み上がりなんですけどね。






2014年11月24日月曜日

マリークレール・イデ

毎年恒例のクラフト雑誌「マリークレール・イデ」が主催するクラフト見本市に行ってきました。最終日ということもあって人も少なく歩きやすかったです。でも、きっといい物はもう売れてしまった感じ。
 一時、毛糸関係が落ち込んでそして一昨年あたりからまた復活していましたが、今年はまた毛糸が少し少なくなっていた印象を受けました。それでも、大手の毛 糸メーカーのPhildarやこの見本市に賭けている毎年出展されている毛糸屋さんは健在。未だお店に行けていないいつかは足を運んでみたいと思っている モンマルトルの毛糸屋さん"Les petits points parisiens"も出展していました。



 私は、友人の和布を売っている"KAETSU"のブースを少しだけお手伝い。
こちらは、パッチワークやバッグ作りを中心に手仕事しているお客さんが大半です。
今回は新しいバッグの柄なども出ていて、私も欲しいものばかりでした。でも、まずは編み物で作品を作って毛糸の在庫処理が先決。布に手を出しているヒマなどありません。
こちらのKAETSUはパリに小さなブティックがありますので、近くまで立ち寄られた方は是非覗いてみてください。

KAETSU
8, rue du Roule 75001 Paris





2014年11月18日火曜日

クラフトな瞬間

デュッセルドルフの街中を歩いていたらカラフルなものが。???何だろうと、目をこらしてみると、横断歩道を渡る途中にいきなり色とりどりのフェルト(?)で出来た手が飛び出しています。冷たい感じのアスファルトやコンクリートもこうやって手作りで飾るとホッとする空間となりますね。

2014年11月17日月曜日

ヴッパータール(ドイツ)のエンゲルスハウスと繊維博物館 最終回

こんな小さな街で、世界を変えるような思想家と会社経営者の交流があったとは。産業革命時代にいろいろなものが機械化、工業化されて同時に新しい形での格差社会も生まれ、改めて「人間とは」「生きるとは」と問いただされた時代だったのでしょう。
博物館の中の機械は、紐のようなものを織るものもあれば、ブランドのタグを織ったりと様々な用途で使い分けられています。
タグのパターンが記憶してあるパンチカードが所狭しに置かれています。
現在はパソコンの画面で見ることが多い見本帳の数々。


 
織り方のチャートはとても分かりやすくて、今でも参考になる。

エンゲルスさんのお家はドイツのお家らしく、とてもシンプルで質素ですが、一つ一つがとても質の良いものと思わせるものばかりです。

 

繊維のことだけでなく、社会的、歴史的なこともたくさん勉強になったヴッパータールの街でした。ちなみに、帰りにモノレールの一番端の駅Vohwinkelの中に入っているパン屋+カフェでお茶をしましたが、パンもコーヒーも美味しくてお勧めです。友人が注文したソーセージ入りパイは絶品でした。

ヴッパータールのこの繊維博物館とエンゲルスさんのお家を訪問した次の日にデパートに行ったら、先日先輩ニッターさんからいただいた毛糸がセールに!それも100g玉。繊維博物館に刺激されて編む気満々でこんなに買っちゃいました。
そして、パリに戻って早速靴下編んでいます。先ずは先輩ニッターさんからいただいた10年保証の毛糸で。編み続けるだけで勝手にストライプ模様になるから編んでいて楽しいです。




ヴッパータール(ドイツ)のエンゲルスハウスと繊維博物館 その二

繊維博物館に入ったら、前回のバスク博物館で見た織り機などとは全然異なる、「産業革命」を象徴するような紡績機が所狭しに展示してあります。



 以前は手で織られていたレースが、産業革命時に機械化されてあっという間に量産出来るようになりました。
 ブレード織りの機械。
そして、これらの機械、あくまでも展示用でもうすっかり使い物にならない物かと思っていたら、博物館の職員の方が動かしてくれました!
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ブレードの機械もまだまだ全然現役です。電気もまだまだ乏しく、コンピューターなどない時代にここまでの機械が存在していたとは感動!人間の知恵とは本当にすごい、と再発見した瞬間でした。
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この繊維博物館のすぐ隣に「エンゲルスハウス」という、かつてこの繊維工場の経営者であったエンゲルスさんの邸宅があります。エンゲルスさん?誰?知らない...こういう時はすぐにウィキペディアです。
フリードリヒ・エンゲルス(Friedrich Engels, 1820年11月28日 - 1895年8月5日)は、ドイツの社会思想家、政治思想家、ジャーナリスト、実業家、共産主義者、軍事評論家、革命家、国際的な労働運動の指導者」
うーん、いっぱい肩書きがあってどんな人かつかみどころのない人です...
 一緒に行った友人が大学の時に政治経済専攻だったので、説明してもらいました。
エンゲルスさんは、ヴッパータールで紡績工場を経営するお父さんの仕事を引き継ぎました。当時、工場の社長という立場で資本主義者でありながら、共産主義思想を唱えていたカール・マルクスを支持していたそうです。当時ほとんど無一文であったマルクスを経済的に支えたのも彼であり、今で言ったらつまり「スポンサー」。そのような背景から、カール・マルクスの思想が世界的に影響を及ぼし今日でも語り継がれているのは、このエンゲルスさんのバックアップがあったお蔭と言っても過言ではないでしょう。
彼は、自分の工場で働いている幼少から労働することを強いられた子供たちを見て、自分が置かれている立場、そして資本主義というものに疑問を持ち始めます。